【自己紹介】有田太一(事業本部長)
こんにちは!
ネクサスビルドで事業責任者を務めております、有田です。
今回は簡単に、私自身のこれまでの歩みをご紹介させていただきます。
◎東京・西東京市生まれ、サッカー少年時代
私は東京都西東京市(旧・田無市)の出身です。東京といっても、まだまだ郊外に分類される静かな地域です。
小学校から高校までの青春時代は、サッカー一筋。ひたすらボールを追いかけていました。
そんな私が建築士を志すきっかけとなったのは、実はあるテレビドラマです。
皆さん、「協奏曲」というドラマをご存じですか?
田村正和さんが有名建築家役、木村拓哉さんがその弟子、そしてヒロインは宮沢りえさん。当時、最高視聴率28.2%を記録した名作です。
このドラマに感化された私は、いつしか「建築を学びたい」と本気で思うようになりました。
◎東京を飛び出して熊本へ
当時、私は漠然と「東京を出たい」という思いを抱えており、北海道か九州で進学先を探していました。
最終的に進学したのは、九州・熊本の大学。ここで建築を本格的に学ぶことになります。
大学卒業後は、いわゆる就職氷河期の真っ只中。苦労の末に東京へ戻り、大手ハウスメーカーに就職しました。
キャリアのスタートは営業職。ですが、東京の狭小住宅スタイルにはなかなか馴染めず、「もっと自然を感じたい、広々とした暮らしを扱いたい」という想いから、3年後には転職を決意。
スキーが好きだったこともあり、長野県へ移住しました。

◎長野での経験と、自分のスタイルの確立
長野では、中古住宅のリノベーションを中心とする不動産事業に携わりました。
ここで郊外型の住宅づくりと真剣に向き合い、自分が理想とする「住まいのあり方」が少しずつ明確になっていきました。
その後は、ログハウスをメインに扱う会社で、東京・代官山を拠点に全国を飛び回る日々へ。
住宅営業はもちろん、土地探しや資金セミナーの企画、地方工務店の営業支援まで、幅広く経験させていただきました。
◎ネクサスビルドとの出会い
住宅業界に携わって20年が経った頃、ネクサスビルドと出会いました。郊外住宅市場を活性化したい。心から「好きだ」と思える家を提供したい――。
そういった私の想いと、ネクサスビルドの理念がぴったりと重なり、入社を決意しました。
ネクサスビルドは、何より「施主の想い」を大切にする会社です。
家づくりは楽しい反面、悩んだり立ち止まることもあります。そんなときこそ、私たちがしっかりと寄り添い、サポートすることが大切だと考えています。
夢の暮らしを一緒にスタートしましょう!
家づくりは「一生に一度の大きなプロジェクト」。
だからこそ、まずは楽しんでいただくことが何より大切です。
ネクサスビルドとともに、あなたの理想の暮らしを形にしていきましょう!
皆さまとお会いできることを、心から楽しみにしています。